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  アヴィセンナ『医学の歌 』志田信男訳・注


■アラビア医学の精髄〈本邦初の完訳〉 アヴィセンナの「医学規典」は大作品と呼ばれ、この「医学の歌」は小作品ながら、医学・医術の精髄であるばかりでなく、珠玉の詩である。アヴィセンナことイブン・スウィーナは、イスラム社会ではユーナニにかけて、イスラム文化世界の医学生のための医学教程であった。アヴィセンナ医学の骨子が、数多い欧米の訳書・注解を参照して初めて訳出された。

四六判 縦組 美麗函入り 284ページ 1998年刊     
コード ISBN4-88323-105-4  C1047     
定価 本体4800円+税

 


●目次●
本文
解説 
1 アヴィセンナの生漉 
2 アヴィセンナの業績 
3 アヴィセンナの医学理論 
4 「医学の歌」の歴史 
5 「アヴィセンナ」理解のための重要な事項に
参考文献



毎日新聞「本と出会うー批評と紹介」1999.2.21
今から1000年前、ペルシャの医師イヴン・シーナー(ラテン名アヴィセンナ)が著した『医学規範』は、ギリシャ医学の最高峰ヒポクラテスやガレノスの流れをくみ、ラテン語版は中世の西欧医学に多大な影響を与えた。本書はその要約として知られる『医学の歌』の初の日本語版である。
  この偉大な医師は、哲学者、政治家、科学者、そして詩人で、かつ医者の不養生を地で行くような生活をしながら、当時の先端医学や予防医学をラジャース体と呼ばれる短文の詩で書き残した。  詩は1326編に及び、飲酒の項でワインの乱飲を警告し、体操では過激な運動と休息の求め過ぎを戒めているように、健康の基本を、中庸な生活と体内の調和を保つことに置いている。  
  そのバランスが崩れたとき病気になり、治療に自然治癒力を重視している。ギリシャの四大の自然観を基本にしているが、中国の「気」に通じる面もある。  中世の医学詩であるが、現代の医学・医療に通じるものが含まれている。

クロワッサン「うちの小さな図書館で」
1999.2.25 (上野圭一)
千年以上前のアラビア医学の大家の著した医学者。詩歌のかたちで書かれている。アラビア語、フランス語、英語を対照しながら翻訳を完成するまでに10年以上もかかったという労作。

「日本醫史學雜誌」第45巻第3号(1999.9.20)
 アラブ医学史のわが現における文献は、通史としては前嶋信次先生の著書、小川政修、川喜田愛郎両先生の西洋医学史中の記述など、高いレベルのものに接することができた。しかし個別史の領域では公刊されたものが少ないので、アラブ 医学史の最高峰アビセンナ(この表記につき後述)の代表作の 一つが翻訳されたことは誠に喜ばしい。しかも綿密なテキスト・クリティークの上に立った高度に学問的な翻訳で、詳しい解説もつけられている.アラブ医学史、西洋医学史に関心を持つものの必読の文献として、この書を紹介する。  
 訳者志田信男氏は東京薬科大学名誉教授で言語学、西洋古典学を専門とし、早くから古代・中世の医学史も研究対象としていた。この書の「あとがき」によると、アビセンナの『医学の歌』を神田の古書店で発見し、これを底本として翻訳したという。この底本は、アラビア語原典にフランス語訳を付 し、ラテン語訳もつけられた精密なもので、訳者はこの書を訳するのにアラビア語まで学習している。訳者は後に英訳も入手し、それも校訂の参考とした。この訳業は訳者の個人雑誌『伝承と医学』に連載されたが、今回解説を付して出版された。      
 現ウズベキスタンのプハラ近郊で生まれ、現イラン西部の ハマダンで死去したアビセンナ、イブン・スィーナについて、この書に詳しい解説がある。アビセンナは偉大な医学者であるだけでなく、科学・思想の多くの方面に業績き残した偉人であった。アピセンナは蕩児としての一面ももっていたが、 訳者はそれに対する目配りも忘れていない。  
 アビセンナの主著は「医学規典」(カーヌーンまたはカノン、私は略称としてアラビア語カーヌーンを用いることを提唱したい)で、長い間西洋医学の基準となった。「医学規典」を要約したのが『医学の歌』(『医学詩』とも訳される)で、多くの人に愛読され、教科書としても用いられた。  
 その内容は(1)散文による序文、(2)詩による序文、医学の定義と分類、自然の7個の構成要素、生命に対する6個の必須要件、常態から逸脱する事柄(病理学)、徴候論、経過論などの医学の基本理論、(3)臨床医学の内科的方面の(a)食事療法と薬物による健康法、(b)食事療法と薬物による治療学、外科的臨床の(a)血管と瀉血、(b)軟部組織の処置、(C)骨、とくに骨折の治療で、総行数1326行である。  
  訳者ものべているように、韻文による啓蒙的な医学書というとだれでも思いうかべるのが『サレルノ養生訓』であろう。 このような形の医学書、いわゆる医学教訓詩は古くからあったようで、小川政修先生は晩期ローマやビザンツの医学者にもこのような著書があったことを書いている。  
  訳者は『医学の歌』を、原文、仏訳、ラテン語訳、英訳を比較するという厳密な方法で翻訳しており、注も原注、英注、 訳注を併記している。原注には、この書を注釈したアベロエス、イブン・ルシュドのものもある。 
  解説は、アピセンナの生涯、業績、医学理論、『医学の歌』の歴史などを含んだ詳細なもので、これだけで「アピセンナ読本」となっている。アヴィセンナには高弟が後半生を加筆した自伝があるが、その全訳も掲載されている。この高度に学問的な翻訳と解説を、研究者必携の文献として推奨する。  
 二、三を追記する。
  訳者はAvicennaの読みを音声学的に詳しく考察し、アヴィセンナと表記している。私もこれに従ってアピケンナの表記を捨てるが、ラテン語としてもイベリア半島における言語慣習からもこのVは唇歯昔でないという理由で、アビセンナを用いたい。  
  カーヌーンの日本語訳名を、訳者は前嶋信次先生と同じく「医学規典」としている。規典という言葉は耳慣れないが、 16世紀に復刻されたアラビア語原典の書名を見ると、 Kutub al-Qanon fI al-Tibb(発音でなく文字の通りに表記、意 味は「医学における規範の書物」)となっており、『医学規典』と いう訳は、学問的にはもっとも正確であろう.。  
 私はこの書から教えられることばかりで批評する資格はないが、ただ一つ、「医学の歌」のヘブライ語訳者はMose Ibn Jibbonとなっているが、有名なヘブライ語訳者一家の三代目 Moses ben Samuel ibn Tibbonであろう。もちろん単なる 誤植かも知れない。 (泉 彪之助)          

 

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