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 『沙流川暖径佐美夫遺稿 鳩沢佐美夫

■アイヌ問題を独り告発し続けた孤高の魂! 北海道日高を流れる沙流川のほとりでアイヌ問題を鋭く凝視、36歳で夭逝 した未完のアイヌ作家の作品集。
証しの空文・遠い足音・対談・日記等 
  
四六判 縦組 305頁 1995年刊
ISBN4-88323-081-3 C0095
定価 本体2500円+税
    

◆目次より◆
第一部 アイヌ語地名のために
北海道のアイヌ地名十二話
アイヌ語種族考
アイヌ語族の居住範囲
アイヌ語の地名を大切にしたい
アイヌ地名・アイヌ語の古さ
狩猟のアイヌ地名を尋ねて
黒曜石のアイヌ地名を尋ねて
第二部 アイヌ語地名分布の研究
津軽海峡のアイヌ語時代
北海道のナイとペッ
東北地方のナイとペッの比
アイヌ語地名の三つの東西
メナという地名とその分布

 

■1996.04.05■
週刊金曜日
民族の行く末を案じた
若きアイヌの魂の叫び

川上 勇治

 
 鳩沢佐美夫君は同人誌「日高文芸」の主宰をしていたが、別の同人誌「山音文学』に「証しの空文」(1963年)、「遠い足音」(1964年)などの作品を発表し、このころから道内の文芸仲間に知られる存在になっていた。当時私は競走馬の牧場をつくるべく、生涯で一番いそがしい時期だったが、彼らの文芸活動に興味を持ち、われわれウタリ(アイヌ語で「同朋」の意)の仲間が一人でも和人に伍して文芸活動をすることは素晴らしいことだと思い、準会員として「日高文芸」を購読した。   
  こうして1986(昭和43)年まで佐美夫君と私のお付き合いは続いていたが、この年の秋突然不仲になってしまった。すなわち10月25日ごろ、彼の家へ牧舎用の稲ワラを買いに行ったときのことだ。用事がすんで玄関へ出ようとすると、彼のおふくろさんが「川上さんは滅多に家へ来る人でないから、良かったら晩ご飯を食べていって下さい」と、遠慮する私を無理に引き止めた。  
  差し向かいで食事を始めてまもなく、佐美夫君の方から平取町内のアイヌの人たち(ウタリ)の噂話が出てきた。和人のアイヌに対する差別話から始まり、二風谷のアイヌの話が出てくると、彼いわく「最近、二風谷で金田一京助博士の歌碑が建立されたが、あれは馬鹿げている。彼ら和人の学者は、アイヌの研究と称して古老たちからユーカラ・ウエペケレ・ウパシクマ等、アイヌが先祖から受け継いで来た文化を根こそぎうばって、博士号を取って威張っているけど、アイヌに和人の学者たちが恩返しをした話を聞いたことあるか。それなのに二風谷のアイヌたちはその学者にこびへつらつて、無理な寄付を募ってあんな歌碑を建てた。また最近では、道内いたるところの観光地ー登別・白老・阿寒・クッシヤロ潮・美幌峠・昭和新山・旭川などでアイヌの見世物をやっている。あんなことをやっている輩が居るから、いつまでたっても差別の根はたち切れないんだ」。  
  私は少し反論をこころみた。「あの人たちは、金田一先生に媚びへつらうためにやっているわけではないと思うんだ。あそこには、庭石や鑑賞石を売っている石屋さんもたくさんいる。その連中が集まつて、あの歌碑の建立期成会を結成して建てた。つまり彼らは、沙流川の石を宣伝するためにあの歌碑を建てたんだよ。だから自分たちの商売のため、つまり食わんがため、生きるがためにやったんで、そこのところを少し理解してやったらいいのでないか。  
  それともう一つ、全道の観光地でアイヌたちが、クマ祭の儀式や踊りなど披露してアイヌを売りものにしていると君は批判して居るが、あれだって多少大目に見てやらないと可哀相だよ。誰だっであんな見世物みたいな仕事するのは恥ずかしいことで、いやな思いをして居る。だけど彼らは生きる為に、つまり生活の糧を得るためにやっているんだ。だからわれわれ仲間として見るに耐え難い面もあるけど、多少理解してやらないと」。  
  私がそう言ったとたん、彼は目の色をかえて怒りだした。「いや−川上さんを見そこなっていた。川上さんは僕らの同志だと思っていたのに、二嵐谷の連中と同じことを言う。そんなことを言っているから、アイヌはいつまでも馬鹿にされるし、和人とアイヌの差が縮まらないし、差別は益々増長するんだ」。  
  その剣幕の凄いこと、まるで座敷犬のスピッツ種が吠えたてるように痛い言葉で噛みついてくる。私はほううの体で退散した。  
  その後、彼とは逢わなかった。わざとさけていたわけではないが、逢う機会がないままに時は流れていった。後日、現参院議貝の萱野茂さんに話をしたら、萱野さんは笑いながら言った。――「勇治さん、俺たちと佐美夫さんとは境遇が違うんだよ。君も俺も小学校を出てすぐに造林人夫・測量人夫で手に汗して働いて家族を養わなければならなかったから、生活の苦しみは十分味わっているが、佐美夫さんは少年時代から病弱で母覿の庇護のもと、病院で療養生活ばかり続けていた人だよ。だから生活苦なんて知らないんだよ。病院で書物や新聞など読んだだけで世の中を知ろうとしても、それは無理だよ」。  
  1970(昭和45)年11月、『日高文芸』第6号に彼は、「対談アイヌ」を発表した。これは彼の作品の中で特に優れていて、各界に大きな波紋を広げた。おそらく彼はこの作品に金精魂をかたむけたにちがいない。   彼を目に入れても痛くないほど愛し続けた祖母(フチ)の「さた」さんから、アイヌの神々に対すろ信仰を受け継いだのか、彼は亡くなる5年ほど前から、毎月の一日にかかさず、生家の裏のルベルンナイ沢に湧水を汲みに行き、それを祖母の霊前に供えて、毎日少しずつ飲んでいたと言う。  
  1971(昭和46)年8月1日、彼は例によつて水汲みのため家から出て、ルベルンナイ沢へ行く途中で倒れ、36歳の短い生涯を閉じた。お通夜も告別式も彼の生家で行なわれ、私も弔問に出かけた。各界各層からおびただしい弔問客で家へは入り切れず、戸外に人があふれていた。  
  昨年、彼の没後25年たって、彼の遺稿集たる本書が出版された。再読して思うに、佐美夫君はあの若さで、学歴もない彼がアイヌの行く末を案じてこれらの文章を書き残したのは、正に驚嘆に値する。療養生活の長かった彼は、生活の苦しみは少なかったかわり、本質を見とおす研ぎすまされた目を持っていたのだろう。これこそ、若きアィヌの魂の叫びだと思う。

■1999.09.04■
「21世紀へ残す本残る本」
産経新聞
現代アイヌの葛藤を描く
川村 湊
 
 カルチュラル・スタディーズとかポスト・コロニアリズムといった術語が文学研究の最前衛で語られているようだが、理論の先走りという現象は、ポスト・モダンやフェミニズムの理論の流行とあまり変わらないようだ。文学研究は、あくまでも対象とする作品に寄り添って行うもので、理論は常に作品という「外部」によって検証されるべきだろう。  
  カルチュラル・スタディーズ、あるいはポスト・コロニアリズムの研究としては日本文学にも恰好の対象がある。しかし、これまでの日本の文学研究の中で「彼」と「彼の作品」について言及したものを、ほとんど見たことがない。「彼」の名前は鳩沢佐美夫、おそらく唯一「アイヌ民族」であることをカミングアウトした作家である。  
  一九三五年、アイヌコタンである北海道の沙流川流域の二風谷に生まれた彼は、小説家を目指して『日高文芸』などの同人誌に小説や評論を書き続けた。それらの作品、「証しの空文」や「遠い足音」は、アイヌとして生まれた少年を主人公とした自伝的な小説作品であり、「アイヌ」であることと、「アイヌ」であることから抜け出そうとする逆方向の衝動に引き裂かれた「現代アイヌ」の精神的葛藤を描いたものだ。  
  「対談 アイヌ」は「とうとう二人だけになっちゃったな」というセリフから始まる。アイヌの女性と二人で対談を行うという形式の 「作品」の中で、彼は観光アイヌとしてしか生き延びてゆけないアイヌの現状を鋭く告発しながら、「シャモ(和人)」によって精神文化までも収奪されようとしているアイヌ民族の危機を論じようとしている。もちろんそうした「シャモ」への告発は正当すぎるほど正当なのだが、「おんな(二十三歳)」として設定された対談相手は、そうした彼の告発の正当さを相対化し、それをいわば自己批評することによって、彼を日本人からも、そして告発するアイヌ民族からも孤立させ、孤独な思索者(文学者)へと追い詰めてゆくのである。  
  それまで石森延男の『コタンの口笛』や、武田泰淳の『森と湖のまつり』、あるいは更科源蔵の詩のように、アイヌ民族は「シャモ」の文学者によって「描かれる対象」でしかなかった。自らを描こうとしたアイヌの表現者たち、パチェラー八重子や違星北斗は、ともすれば短歌という抒情の中にその「民族精神」を昇華させるか、謳いあげてしまった。鳩沢佐美夫はその散文作品によって日本列島の中のマイノリティーとしての「アイヌ民族」を本来の意味で“立ち上げて”みせたのである.  
  彼の作品集は『コタンに死す』『若きアイヌの魂』の二冊が新人物往来社から出ている(現在絶板)。その二冊から代表的な作品を集めて編集しなおしたのが本書である.彼は一九七一年、三十六歳の若さで病死した。独身、無職だった。(かわむら・みなと=法政大学教授・文芸評論家)


参考:草風館刊
「アイヌ語が国会に響く」萱野茂編著
「アイヌ文化を伝承する」萱野茂編著
知里幸恵遺稿「銀のしずく」
違星北斗遺稿「コタン」
結城庄司遺稿「チャランケ」

 

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